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おきらく・ごくらく日記

野鳥とゲームとデジタルガジェットの日々

対馬の仏像を盗まれたお寺の住職の言葉に思うこと

時事ネタ

今朝、対馬のお寺で、また韓国人による仏像の盗難事件が発生したとニュースで放送していました。
今回は、韓国へ渡る前に、犯人が捕まったので良かったと思います。

ただ、盗難にあったお寺の住職が、今後、韓国人のお寺への参拝を禁止するというようなことを言っていました。

個人的には、その気持ちも理解できるけど、非常に残念にも感じます。

窃盗自体は、悪いことで許されることではないことです。

韓国人の一部の人間が、犯罪を犯してしまったことで、韓国人に対する評価が大きく下がり、その住職にとっては、全ての韓国人=犯罪を犯す可能性のある者という図式ができてしまったのは残念です。



私が同じ立場にあっても、多分そうなってしまうだろうとは思います。
自分が知らない国の人と初めて出会えば、その人がその国の代表であり、その人の性格や人格が、その国の大半の人の性格や人格であると勘違いしてしまいます。
その人が、良い行いをすれば、その国の多くの人は良い人だという印象となり、逆にその人が悪い行いをすれば、その国の多くの人は、悪い人だという印象になってしまいます。

実際には、同じ人など一人もいないのに。

海外の歴史的な建物に、日本人が旅行して落書きをしたというニュースが昔あったと思いますが、その落書きをされた国の人から見た日本人の印象はきっと悪いだろうなぁと思う。
実際には、大半の日本人が落書きなどしないとしてもです。

中国の一企業が行った鳥肉偽装の結果、日本国内での中国からの輸入品全般に対して、悪い印象を持ってしまうというのも同じで、実際にはきっちりと品質を管理している中国企業もあるかもしれないのに。

たとえどこの国の人であろうと、個人個人はすべて違う人。
日本人でも、良い人もいれば悪い人もいる。
韓国人でも、良い人もいれば悪い人もいる。
中国企業でも、良い企業もあれば悪い企業もある。

日本人だから、韓国人だから、中国企業だからという大きな枠で区別するのではなく、個々を見ていくべきじゃないかなぁと思ったのでした。

実際には、人間である以上、感情の部分で、そこまで大らかになれないとは思いますし、私自身も難しいことだと思っています。
しかし、そういった偏見を持たずに、多くの人と接することができればいいなぁと思ってます。

日本人も、韓国人も、中国人も、国という地理的・政治的な区分けはあっても、同じアジアに住む人間。
さらには、黄色人種も黒人も白人も、同じ地球に住む人間。
同じ人間であるけども、一人一人が全員違う個性を持っている。
「〜人だから」大きな区切りで偏見を持って接するのは、多分誤りの元。
一人一人、きっちりと見極めた上で、付き合って行くべきなんだろうなぁと。

そして、自分が海外へ行った時は、自国の代表であるということを意識して、襟を正して行動しなければなぁとも思いました。